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−福岡市元職員の初公判に思う−
先日、ニュースでも取り上げられていましたので、まだ記憶に引っかかっているのではないかと思うのですが、福岡市で昨年8月、家族5人が乗った車が飲酒運転の車に追突され海に転落。
幼児3人を水死させたとして危険運転致死傷罪などに問われた22歳の今林元福岡市職員の公判が12日に福岡地裁で開かれました。
公判前の週末、福岡の共同通信社の記者がMADD
Japan本部を訪れ、公判の注目点についての取材を受けました。その模様は、週末に全国の新聞紙上に活字となって掲載されました。その一部をここに掲載します。
「償いの時間作る機会に」
−被告自身が、犯した過ちにどう向き合うかです。審理が十分な償いをするための時間をつくる機会になってくれれば・・(略)」
おおかたの予想通り、公判で被告は『自分の運転が危険運転致死罪には当たらない』大上さんの車が急ブレーキをかけたので、追突せざるを得なかった。というような主張をしました。
愚かさとあわれさを感じ、あの天使のような3児の命を奪い、残酷な事実の前には何も言うことができないはずなのに。自己保身に走る卑怯者に私には映りました。
22歳の彼に、生きる姿勢や男としての責任のとり方を誰も教えなかったのでしょうか?
直前まで乗っていた被告の友人二人は直接手を下したわけではないのですから、精神的な同罪など心に科することはないのかもしれません。
ほどなくして国会では、飲酒運転ほう助罪が成立しました。それを受けて、幸せのすべてを奪われたあの若いお父さんとお母さんの「刑罰が重くなるのはいいことです」との振り絞るようなコメントを聞き、今の彼らにとって、刑罰が重くなろうが、酒を提供した店が罰を受ける法律ができようが、そんなことなんかどうでもいい。ただ、あのやわらかい生活が戻ってきて欲しい。そう願っているだけなのではないだろうかと思わずにはいられませんでした。
22歳の青年ができることは、ただ「ごめんなさい」とひれ伏すことだけ。
生きている者は死者の前で言い訳をしてはいけないように思います。ましてや、保身に走るようなことを口にしただけで、青年でいられなくなってしまうのではないでしょうか。
まだ、遅くはありません。ただひたすら、3児の命に向き合ってみてください。
直後に現場から逃走したように、また自分の罪から逃げ、この先に何を望むのですか?
あの3児にもたくさんの希望があっただろうに。
そのことを心底思えば何も言えるはずはないのです。青年の正義を望みます。
MADD Japan 代表 飯田和代

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