■MADD Japan ビクティム インパクト パネル

はじめに
‐すべての新しい道は誰かの熱い思いから始まる‐
1982年、 “ビクティム インパクト ステートメント” 法制定
アメリカ合衆国レーガン大統領は、刑事裁判の公判で被害者が発言する権利を制定すべきという法律を制定した。
新法成立までには、ひとりの保護観察官の熱い思いがあった。カリフォルニアの保護観察官のチーフ James Rowlandである。しなしながら、そのあとに続く道は容易ではなかった。法廷は加害者の刑期を決めるところであって、被害者の声を聞くところではない、などとの反対意見が大勢を占めた。特に死亡事案への判決に感情移入をさせてはならないと争った歴史に残るケースもあり、その事案は最高裁判所で決着がつかず、死刑裁判所まで持ち越された。
時期を同じくして、“ビクティム インパクト パネル”がスタートした。
現在でこそ、連邦政府のプログラムとして位置づけられているが、子を亡くしたひとりの母親 Shirley Anderson とウエスト コーストの判事 David Admireの勇気ある一声から始まったのである。
やがて、“加害者が犠牲者に会う‐飲酒運転の新しい取り組み”として、彼らの功績は全米に広がり、「ジェファーソン賞」を取得した。
病院におけるDUIプログラムとして、最初に導入したのは、マサチューセッツのPaul Deigranであった。その後、全米の病院で、MADDのビクティム インパクト パネル プログラムが導入されることとなる。
また、刑務所に収監されている受刑者に初めてパネルを実施したのも、マサチューセッツ州であった。


1、MADDのビクティム インパクト パネル とは?

飲酒運転により負傷した被害者自身や、身近な人を傷つけられた親族、あるいは身近な人を奪われた遺族が数人のグループを組んで、体験談を話すこと。
加害者を非難したり、裁判の結果について不満を述べるためのものではありません。ただシンプルにそれぞれのケースを語ります。1つの事件がどれほど本人や家族に影響を与え、その後の生活や人生を狂わせたかを語ります。
飲酒・ドラッグの影響下における運転、あるいは無謀運転の結果がどうなるのかを再認識させ、加害者の人間性を呼び覚まし、2度と同じ過ちを犯さないことを約束させます。一方被害者は自分の辛い経験を語ることにより、彼ら自身の癒しの機会となることが立証されています。

2、加害者や社会にとっての利益
じかにしかも心から話す被害者の話は、加害者や社会にとってどれほど利益があるかわかりません。MADDのスピーカーは加害者を非難したり、責めたりするような口調で話をすることはありません。
初犯の加害者には、犯した罪の深さを深く反省し、悔い改めさせる最良の機会を提供します。パネルを聞いた初犯者のほとんどは、飲酒運転の再犯者になっていないことが判明しています。
再犯を重ねる加害者の心にこびりついている“悪運の信念”や“どろどろしたかたくなな心”を解きほぐす働きをします。
アルコール依存症やドラッグ中毒から離脱するきっかけを与えます。
再犯者には、彼らの心に刻み込まれているイメージを払拭し、真の人間らしさを呼び覚まし、行動に責任を持つことや命のたいせつさについて再認識させる場となります。
ビクティムインパクトパネルを受けた加害者が一様に上記のような結果を得ることができると約束することはできません。
なぜならば、一般的な加害者と犯罪常習者の交じり合っている場所などでは、与えられる情報に限りがあるからです。
しかし、飲酒運転常習者のほとんどは刑務所や更生施設などに収容されています。そして彼らの感受性や信頼性に訴えてチャンレンジをするわけですが、その場合、飲酒運転常習者の割合を低く見積もってプログラムを設定することに問題はありませんが、飲酒運転常習者が大多数を占めている場合にはプログラムを変更する必要があります。
(アメリカ、カナダではすでに、「犯罪常習者リサーチ」として独自の研究が進められています。刑務所の情報がMADD側に個別に提示され、裁判所の判決に従ってMADDのプログラムを受けなければならないと法律に制定されています。)

3、基盤作り
裁判所や、刑務所内の更生施設においてMADDによるビクティムインパクトパネルの導入を推し進める必要があります。地方裁判所の判事全員がMADDのビクティムインパクトパネルを導入するのが理想ですが、まず、一人の判事や裁判官が、あるいは刑務所内の更生施設でこのプログラムをスタートさせることが大切です。一度このプログラムの効果を認識した人々は、彼らの同胞に導入を働きかけずにはいられないはずです。
効果に疑いを抱いている関係者をビクティムインパクトパネルの場に招待し、そこに座ってプレゼンテーションを聞いてもらったり、MADDの広報パンフレットや関連ビデオなどを見せて、その効果を認識してもらう機会を作ることが大切です。
アメリカ、カナダではパネルプログラムを導入した裁判官の推薦状や加害者から寄せられた生の声を公開し、パネルの効果を立証しています。
パネル運営委員会の設置
MADDのプログラム導入を決定したならば、関係省庁と連携し、運営委員会を設置する必要があります。
▪裁判所
▪仮出獄者ケア関係者
▪被害者支援組織
▪警察庁
▪アルコール、ドラッグリハビリセンター
▪飲酒運転取り締まり本部
▪更生施設
▪MADD
▪教習所経営者
▪地域の警察署
▪心理学および健康管理の専門家
▪ユースおよび学生のアンチ飲酒運転グループ(ユースMADD)など         
アメリカ、カナダでは、刑事裁判の場でビクティムインパクトパネルが行われます。

また、アルコールリハビリセンターの更生プログラム・教習所のプログラム・公私立学校などでパネルを行う場合には、必ずそれぞれの代表を運営委員会のメンバーに加えなければなりません。

費用
(アメリカ、カナダの場合)原則として加害者負担。その収益はMADDの大きな収入源となっています。このプログラムを通してMADDアメリカの各支部は年間数百ドルから250,000ドル以上の収入があります。ちなみに、加害者ひとりが負担する額は5ドルから50ドル以上となっています。
ビクティム インパクト パネルの究極的な目的は加害者に衝撃を与え、被害者の心のケアにつながるプログラムとしてその意義を明確にしています。
MADDの各支部は、これらの収入を「被害者支援」「未成年者への飲酒・ドラッグ禁止教育・Death Education‐心の教育」「人々の意識を向上させるために」など、MADDの活動に役立てています。もちろん、パネルに必要なパンフレットやビデオ作成費などの諸経費もまかないます。

アメリカなどでは、州ごとに費用の公表がされています。
話し手は決まりにしばられません

被害者は、彼らの痛みを話してくれるのですから、必要以上の重荷を負わせてはいけません。被害者は、自由に話を進めることが許されます。
特に、刑事裁判の場で相手の求めに応じて話す必要などはありません。
もしも、厳しい決まりを作り、よい結果のみを期待するならば、話し手は失敗を恐れる余り大切な役目を果たすことができなくなるでしょう。
「決まり」はしばしば過度な期待につながります。アメリカの調査では、犯罪常習者の多くが意図されたパネルを見破り、本来の効果を失うと報告されています。
MADDは過度な期待にこたえる約束をいたしません。
MADDのビクティムインパクトパネルは飲酒運転の加害者だけに向けられているのではありません。しかし、交通犯罪を重ねる常習者の多くは「飲酒運転再犯者」が多く、死亡ひき逃げ犯の93%以上が「飲酒をしていた」という報告がなされています。飲酒運転以外の理由で人を殺めたり、回復困難な状態に陥らせた場合にも、遺されたものの悲しみは同じことです。
MADD 以外のNPOが同様のプログラムに参加を希望し、パネルをしたいと申し出た場合、MADDはその指導にあたることを約束します。

開催場所などの準備
ビクティムインパクトパネル実行委員会および行動グループはパネルを実施するための場所、回数、パネリストの数、予想される聴衆などについて、注意を払わなければなりません。
ビクティムインパクトパネルは裁判所で開くのがベストであると提案します。なぜならば、彼らはこの場所で自分に刑期を下された時のことを思い出すからです。さらに加害者が「その場所が見つからなかったから」と言い訳をすることは許されません。ほとんどの裁判所は夜間空いており、音響設備も備わっており、しかも無料で使用することができます。その他、シティホールなどが提供されています。(アメリカの場合)

パネル:プレゼンテーションの回数
それぞれのケースや要求によってちがってきますが、同じ被害者に月に一度より多くのパネルを要求しないほうがよいでしょう。年平均6回が常識です。
それぞれのMADD支部には12人のスピーカーが望まれます。
パネルコーディネーターは話し手として、気持ちよく引き受けてくれる遺族や被害者を認識していなければなりません。しかし、被害者には(特に死を経験した遺族などには)故人の誕生日、死亡日、または記念日のある季節、悲しい思い出の場所などに細心の注意を払わなければなりません。コーディネーターは話し手に敬意を表し、パネリストの都合を最優先に考え、彼らの不都合で予定通りに行われない場合には、日時を延期することも考えに入れておかなければなりません。 

ビクティムインパクトパネルの位置づけ
ビクティムインパクトパネルは従来の刑罰の代わりになるものではありません。
これに出席することにより、刑期が短くなったり、その他、加害者が利益を得ることはありません。けれども裁判所が命じた社会復帰プログラムのコミュニティサービスの時間に加えられることはあります。MADDは出席証明を発行します。しかし、パネルに参加するか否かは裁判所の命令によります。
アメリカ、カナダでは、すべての飲酒運転加害者(死亡させた者、重傷にさせた者、初犯者)がパネルを受けなければならないとされています。この命令に従わなかったものは中間の施設に送られます。更にパネルを受講しても、その効果が期待できないものは複合施設に送られます。

パネルプログラムの組み立て
パネル運営委員会はビクティムインパクトパネルコーディネーターを指名します。MADD と提供団体からそれぞれ選ばれプログラムを組み立てます。彼らは被害者でなくてもいいのですが、プログラムを開発するために先頭に立つ被害者の話し手を確保しなければなりません。コーディネーターは話し手を選び、よりわけ、教育をし、この話し手をパネルの助言者として、他の人の指導にあたる任務につけます。アメリカでは裁判所におけるパネルの実施時間、場所などを少なくとも1ヶ月前までに明確にしておかなければならないとされています。また、地域の裁判所ごとにパネルの日時が公表されています。(アメリカ)

パネルのスタイルは、被害者だけに参加してもらう形式と加害者、警察官、救急医療現場の責任者、そのほか、飲酒運転により影響を受けた人々などを参加させる形式があります。もしもスピーカーが被害者以外の人々ならば、そのパネルはDrunk Driving Impactパネルと呼ばれ、ビクティムインパクトパネルと区別します。
初犯の加害者のパネルには、一般の人々の参加を認可します。ほとんどのパネルプログラムは加害者(運転免許証が剥奪された状態の)加害者の家族、友達、10代のドライバーなど、誰でも希望する人たちが参加を認められます。裁判所からの命令でパネルを受ける加害者に、MADDは口頭であるいは文書でパネルの受け方を紹介します。再犯者は裁判所の裁判官や更生施設の職員の介在とともにパネルを受けます。(参加申込書は用意されている)

経費はMADDの銀行振り込み用紙を使って加害者が支払うことになっています。
パネリストや参加者の安全を守るために制服警官の介在を要求します。アメリカの場合にはその場所でお金を集めたり、(寄付を募ったり)、参加者の中に酒気帯びや不審者が混じっていたりするために、パネリストやボランティアをガードし、車まで安全に誘導するための警官を配置しています。場所によっては加害者の呼気テストを実施します。また加害者がドラッグの影響下にある場合もあります。
パネルの時間に遅れたり、欠席した加害者の扱いについては、再スケジュールが組み立てられますが、公聴会でさらされたり、再逮捕されたりします。また参加はしたが、聞いていなかったり質問に答えられなかった場合には、参加したという評価は下されません。読み書きのできない加害者には口頭による質問がされます。
すべてのパネルにメディアの参加を求めます。しかし、被害者および加害者が、ビデオに撮られたり、インタビューをされるのを望まない場合には、その権利が保障されます。
飲酒運転常習者への手法として、MADDが特別のプログラムを組むことはありませんが、それぞれの地域の大学の研究者や大学院の学生などが関わってより効果的なプログラムを開発しています。なぜならば、初犯者と同じ内容のビクティムインパクトパネルだけでは、再々犯防止効果が期待できないからです。

翻訳及び文責:飯田和代

無断転用はしないで ください。よろしくお願いいたします。

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